Chair's Message

学科長からのメッセージ
エドワード・ショーネシー
(同僚の敬称は略します。)
今回、私達の学科をのぞいた人が、学科長の椅子に十五年前と同じく私の顔を見て(残念ながら、髪は以前より白を加えましたが)「あまり変わりはないんだなあ、この学科は!」と考えたら、その人は学科の実状を知って、大いに驚くに違いありません。
教授陣で、十五年前から、この学部にいるいるのは日本研究のノーマ・フィールドと私だけになり、他学部で我々と関係の深い教授にまで視野を広げても、僅かに中国史のガイ・アリトーが歴史学科でがんばっているだけです。
言語教育の方では、十五年前から残っているのは、日本語の能登博義、ローリー春美と中国語の蔡芳沛 (CaiFangpei) の二人だけです。言語プログラムも、この十年に、大幅に拡充され、日本語の主任能登博義に加えて、中国語、韓国語の主任に王友琴(Wang Youqin)と金希鮮(Kim Hisun) が新たに任命され、優秀なスタッフと共に、それぞれのプログラムを一層よくしてくれています。
最近の変化は、単に教授陣に新たな名前が加わっただけでなく、学生が探究できる領域、専門に、従来なかったものが新設されていることです。
例えば、韓国語は、語学プログラムが四年間学習できる総合的なものになっただけでなく、十年以上も前から崔暻姫(Kyeong-Hee Choi)の指導の下で、韓国文学が学べるようになっています。(ちなみに崔教授は、日本に併合されていた二十世紀前半の韓国文学についての素晴らしい研究を間もなく完成させるところです。)さらに韓国文学研究では、新戦力として、ソウルの東国大学から、歴史学者として、また、現代韓国文学の批評家として著名な黄鍾淵を迎え、一層の発展の準備が整いました。
日本研究では、ノーマ・フィールドが、引き続き、日本文学、文化研究全般にわたって、業績を上げています。最近、小林多喜二に焦点を当てて、1920~30年代のプロレタリア文学を論じた「小林多喜二」を日本語で出版しています。
新しく日本文学の教授陣に加わったマイケル・ボーダッシュは、夏目漱石の文学とその文学理論の専門家です。
2009年からはレジナルド・ジャクソンが私達の学部に加わりました。彼の博士論文は、源氏物語絵巻の「みだれがき」の書法と場面、内容との関連の分析に関する極めて優れた物で、現在、出版にとりかかっています。
当学科と映画・メディア研究の兼任教授であるマイケル・レインは、現代の文化を追求するのに、文学に加えて、他のメディアの豊かさに注目しています。
他に、他学部との兼任の教授には、歴史学科にスーザン・バーンズ、ジム・ケテラーがいます。二人は、近代、前近代の社会史、思想史に幅広い関心を持っています。
日本文学研究の分野で一つ悲しい報告をしなければならないことがあります。私達の長い間の同僚であったビル・シブリーが去る五月に亡くなったことです。私達は、故人の友人と協力して、優れた翻訳に彼を記念する賞を与えるように準備しています。詳細は遠からず発表します。
中国研究に目を転じますと、私達は中国古代、明清代のフィクション、現代中国に焦点を当てています。こう言うと、昔と変わらないかのように聞こえるかも知れませんが、実際には、大きく変わっていることに、私でさえ驚きを禁じ得ません。
前近代の文学については、私達は以前同様に強力な布陣であると確信しています。私達の長きにわたる同僚であるデービッド・ロイ、トニー・ユーは、共に教壇からは退きましたが、ライフワークである翻訳に、以前にも増して打ち込んでいます。デイビッドは、金瓶梅の79章まで終了し、トニーは、彼自身が以前刊行した西遊記の全訳と縮刷版を全面的に改訂する作業を続けています。
引退したこの二人に代わったのは、ジュディス・ザイトリンと何予明です。予明は、明代の後期の本の市場について研究しています。ジュディスは、以前は「幽霊研究」に打ち込んでいたのですが、そこから関心が広がって、今は、法律、漢方、芝居から映画にまで及んでいます。
映画と言えば、現代の前衛的なドキュメンタリーは、二年前に新たにこの学科に加わったパオラ・ヨベーネの関心事の一つでもあります。彼女の関心は、同様の文学作品にも向けられています。
もう一人新たに加わったジェイコブ・エイファースの研究対象は、地方の在来の手工業です。
この一二年、新しく同僚になった若手が多いので、三年前にやってきたポール・コップが古手に見えるほどです。ポールは、唐代の仏教、道教を深く研究しています。
ドン・ハーパーは、ずいぶん長いことこの学部にいるように感じられますが、2000年からですから、それほどではありません。しかし、ドンは、戦国時代から唐にかけての写本、稿本の研究では、西洋世界を代表する学者の一人です。
忘れてはならないのは、上は古代から、下は北京オリンピックと同時に開催された美術展まで、中国の視覚文化のあらゆる面に関する世界的権威巫鴻です。彼は美術史の教授ではありますが、この学部の少なからざる学生がキャンパスを横切って、彼の研究室、教室に通っています。
私自身は、昔から西周期の文学と金文研究に励んできましたが、近年多量に発掘されている戦国時代の資料にも関心を高めています。
最後に、学生について話しましょう。学生の学問的関心は、殷代の甲骨文から日本、韓国の現代映画の領域にまで広がり、さまざまなテーマがその間に見られます。ここの学生が何を研究しているかは、私は言いませんが、シカゴ大学の有名なワークショップについては言わないわけにはいきません。これは、いわば、大学院生の大学院生による大学院生のためのもので、大学でもっとも知的刺激に満ちた学際的なプログラムです。この学部に関連したものは以下の六つです。
「東アジア、その地域を越えた歴史」
「東アジア、その政治、経済、社会」
「前近代東アジアの文学及び文化の歴史」
「印刷開始以前のシナ」
「東アジアの美術」
「東アジアの芸術と政治」
以上述べたように、新しい教授陣、新しい研究題目、新しいプログラムを銘記しておくとともに、シカゴ大学の不変の学風、シカゴ大学をシカゴ大学たらしめているものを見失ってはなりません。それは、人類的情況(human condition)への妥協することなき探求心です。
これについて、忘れられないことがあります。私は15年前に学科長だったとき、イギリスでイザイア・ベルリンがインタビューを受けているのをBBCで聞いたことがあります。ベルリンは、十年以上も前に亡くなりましたが、現代イギリスを代表する哲学者であり、同時に著名な思想史家でした。彼は、インタビューアーに「これまでに講演をした諸大学の中で、どこの大学がもっとも印象に残っているか」と問われて、即座にシカゴ大学だと答えていました。その理由は、彼がシカゴの学生から受けたいくつもの質問によって、深く、真摯に考え込まされたと言うのです。
変わらぬものは変わらないのですね。